2013年3月15日金曜日

03.15、AM4:52 レコードに針を落とす

・水について

身の回りには水の好きな人が妙に多いという感覚は少しおかしい気がするけど、やたらと水を飲む人や海に憧憬を持っている人の感覚にはどこか僕にはないところがある気がする。 僕は生活に必要な水は飲むし海を見に行こう、という言葉は大好きだけど、それは僕にとって海がとても遠い存在だから、さぁ夢の国へ行こう、というのと同じような感覚で海に行こうね、と言っているのであって、そこに海という大きな存在へのあこがれは一切存在していない(と思う)。そういえば滋賀の人が身の回りに多い、って隣の件だから当たり前なんだけどきっと彼ら彼女らは僕よりはるかに多い機会より大きな水に近い存在なのだろうと思う。大きな水という言葉は気に入ったのでこれからどんどん使う。僕にとって一番近くて大きい水は川だから僕は川はすごく好きで、暑くて虫の居る季節や寒くて芯から凍ってしまうような季節以外は何か食べものを買いこんで川を見ているのはとても好きで、きっと僕にとってのそういう時間を海や湖の近くで過ごした人はより大きな水に対するもっと具体的なイメージやあこがれを持ってるんだろうなと思う。僕にとっては流れる水というのはとても魅力的で、ある瞬間僕の前に居た水は次の瞬間には数十メートル先に流れて行ってしまっていて、かと思いきや僕の飲み水になっている可能性もあるわけで、、空とか川とか流れるものはとても愛おしいんだよ、僕は決して浮くものが好きなんじゃない。流れていくものに強い愛を感じているだけであって!

4月からはたぶん身の回りの多くの人よりはるかに大きな水に触れる機会が増えるので大きな水(僕にとっては流れる水がいったん立ち止まる場所)のイメージが大きく変わっていくのかもしれないし、たった一年、十余回の調査でそんなに変わってたまるものかとは思うけどそもそも根本的な水のイメージが変わりそうな予感はしている。僕の調査するものって水に包まれているんだよ!つまり僕にとって今までなかった包み抱くものとしての水を嫌でも実感することになるっていうことで。大きな期待を胸に今はいち早く就職活動を終え順風満帆(?)な人生の一部の体験として研究を心から楽しめる日々、わがままを言えば大学生活でやりたい勉強をやった上で、いままでよりは少し多く良い音楽を作ることも並行して行えたら本当に完璧だな、と思っている。大学生活を振り返ってて思うこととして最終的に一番強く残ったのが結局僕は大学に入ってから恋人が居なかったことだけど、これって結局なにを考えたとしても経験を伴わない思考は経験の中での思考とは別のものになるんじゃないかというスタンスの元で考えるとどうしようもないことで!でも21歳まででなんとなく経験しておくべき恋愛は僕はずっと前に経験してると思ってるしその頃の事を割と強く覚えてるからこそあんまり焦ることなくふらふらと放浪していた気がするから・・なにを言っても結局自分はその部分において頑張ろうと思うことはなかったんだなと思うと、それだけは後悔してもしきれない! 放浪カモメの歌い出しを聴いて悔やめ!泣け!でも上昇し続けることはできなくても また やり直せるさってそんな素直な気持ちで会いにいけたらいいね。