残りの10分は何も考えないか、すべてを考えようと思っていたので
ひとまず書き留めておこうと思った。
いろいろなことがあったし周りで本当に幸せになってほしい人が幸せになり始めたし
僕にいたっては人の幸せを祈る余裕がある状態になっている。
人との出会いに感謝、という言い方がいいのかはわからないけど
出会えてよかった縁はたくさんあるし、去年まであまり大事にしなかったところだけど
来年からは大事にすべきなのかなと思う。
よいお年を迎えられそうで本当によかった。
結局いろんな人から連絡がきてゆっくり自分のこと振り返る時間もないし
それがかなり恵まれている部分なのかもしれない。
2013年12月31日火曜日
2013年12月27日金曜日
3:18
・価値と意見の対立
価値の定義は人によって違うし価値観が違う人の場合には
たとえその人が"価値"を持っていても切る勇気が必要なことがある
もしくは自分が切られてしまうのでもいいのだけどそれではあまりに悲しい
なぜかというとそこには僕の主張がないからで、つまり僕は第三者として
僕にとっては空虚なものを見届けることになるからだ。
怒りにまかせることは簡単であるけど、全体の利益を考えたときに立ち戻るべきは場の定義で、
場を定義して初めて自分が違和感を覚える主張が場にそぐわないという主張を行うことが出来るのだ。世の中というのはそういう風にできているし今僕が思うまま意見をぶつけたところでそこでは対立する2つの主張が存在するだけでおそらくはもっともらしい主張をする(倫理、空気と言ったものを持ち出して)どちらかがマジョリティを獲得して優位となるだけでそこには何らの生産性もない。
意見の対立においてはそれらを突き合わせた上でまったく異なる新しい案が創出されるべきだ。なぜなら元の2つの主張はそれぞれ主張を持つ個人に端を発するが、より良い意見を創出しようという発想は意見の対立に端を発するわけであり、この場合においての目的は個人の目的の達成ではなくあくまでより良い意見の創出であるからだ。 発する点、目的が異なるからにはそれは全く新しい意見である、という発想の転換もなされるべきである、というのがこの根拠に当たる。
考え方がまとまらないのでひとまず以上
価値の定義は人によって違うし価値観が違う人の場合には
たとえその人が"価値"を持っていても切る勇気が必要なことがある
もしくは自分が切られてしまうのでもいいのだけどそれではあまりに悲しい
なぜかというとそこには僕の主張がないからで、つまり僕は第三者として
僕にとっては空虚なものを見届けることになるからだ。
怒りにまかせることは簡単であるけど、全体の利益を考えたときに立ち戻るべきは場の定義で、
場を定義して初めて自分が違和感を覚える主張が場にそぐわないという主張を行うことが出来るのだ。世の中というのはそういう風にできているし今僕が思うまま意見をぶつけたところでそこでは対立する2つの主張が存在するだけでおそらくはもっともらしい主張をする(倫理、空気と言ったものを持ち出して)どちらかがマジョリティを獲得して優位となるだけでそこには何らの生産性もない。
意見の対立においてはそれらを突き合わせた上でまったく異なる新しい案が創出されるべきだ。なぜなら元の2つの主張はそれぞれ主張を持つ個人に端を発するが、より良い意見を創出しようという発想は意見の対立に端を発するわけであり、この場合においての目的は個人の目的の達成ではなくあくまでより良い意見の創出であるからだ。 発する点、目的が異なるからにはそれは全く新しい意見である、という発想の転換もなされるべきである、というのがこの根拠に当たる。
考え方がまとまらないのでひとまず以上
2013年12月19日木曜日
2:54
・大人の女の子について
僕はたぶん女の子を大人だと思い過ぎてるところがある。
僕の中では彼女は全てを理解してるし 何もかも知ってるのに
どこか知らないふりをすることで何も知らない男にその魅力を伝えようとしてると思っている。
昔からそういう考え方をすることがとても多くて、だからこれまで僕は女の子に自分から告白したことってなくてそれはきっとこれからもずっとそうなんだと思う。
そういう意味ではこれから自分がもう少しだけ大人になって
彼女の生活の糧にならないといけないとなったときが僕にとっては大きなターニングポイントで
僕の中では彼女はずっと高みの見物をしながら必死に働く僕を気が向いたら慰めてくれるんだろう。
この彼女への考えは幻想でも何でもなくて僕の中のものだから僕の言う彼女は僕の意識自身で、
フィヒテでいう事行にあたるのかもしれない。
three imaginary boys and two twee girlsとはうまくいったものだなと思う。
Tweeという言葉は僕にとって特別な意味を持つ単語になっていて、
おおまかには上に書いたような女の子がtwee girlsなんだと思う。
だから彼女達が憧れる男なんていうのはロクな人間でなくて
まさに僕達にとって僻みの対象になるべき人間なんだと思う。
"imaginary woman"という短編を読んだ。作者は男だ。
imaginary womanというのは作者自身のimaginary womanの部分を投影している、という読み方をすると中身がすっと頭に入ってきた。相手をする気もない文学的才能のある(と思いこまれる)男に夢中になるimaginary womanとそれに憧れる作者の投影という図が出来あがる。これはまさにそのままだ。
100年以上前の全く違う文化の人の書いた文章にすらこういう図式があるんだから
きっとこれは僕のような年代の人間にとってのひとつのテーマなんだろうと思う。
でも難しく考えることは出来なくて、結局彼女は本当に魅力的で僕にとっての全てだ!ということで
思考が止まってしまうし今は無碍な詮索をすべき時期じゃないのかとすら思う。
3:07
もしかして僕のあこがれの対象はロクでもない男なのか!
僕はたぶん女の子を大人だと思い過ぎてるところがある。
僕の中では彼女は全てを理解してるし 何もかも知ってるのに
どこか知らないふりをすることで何も知らない男にその魅力を伝えようとしてると思っている。
昔からそういう考え方をすることがとても多くて、だからこれまで僕は女の子に自分から告白したことってなくてそれはきっとこれからもずっとそうなんだと思う。
そういう意味ではこれから自分がもう少しだけ大人になって
彼女の生活の糧にならないといけないとなったときが僕にとっては大きなターニングポイントで
僕の中では彼女はずっと高みの見物をしながら必死に働く僕を気が向いたら慰めてくれるんだろう。
この彼女への考えは幻想でも何でもなくて僕の中のものだから僕の言う彼女は僕の意識自身で、
フィヒテでいう事行にあたるのかもしれない。
three imaginary boys and two twee girlsとはうまくいったものだなと思う。
Tweeという言葉は僕にとって特別な意味を持つ単語になっていて、
おおまかには上に書いたような女の子がtwee girlsなんだと思う。
だから彼女達が憧れる男なんていうのはロクな人間でなくて
まさに僕達にとって僻みの対象になるべき人間なんだと思う。
"imaginary woman"という短編を読んだ。作者は男だ。
imaginary womanというのは作者自身のimaginary womanの部分を投影している、という読み方をすると中身がすっと頭に入ってきた。相手をする気もない文学的才能のある(と思いこまれる)男に夢中になるimaginary womanとそれに憧れる作者の投影という図が出来あがる。これはまさにそのままだ。
100年以上前の全く違う文化の人の書いた文章にすらこういう図式があるんだから
きっとこれは僕のような年代の人間にとってのひとつのテーマなんだろうと思う。
でも難しく考えることは出来なくて、結局彼女は本当に魅力的で僕にとっての全てだ!ということで
思考が止まってしまうし今は無碍な詮索をすべき時期じゃないのかとすら思う。
3:07
もしかして僕のあこがれの対象はロクでもない男なのか!
2013年12月2日月曜日
18:59
・ 人をこころおだやかにする物を作る人がこころおだやかでなくてどうする
どこかで
自分が100%必要とされる自分にしかできない仕事はたいていは社会では必要とされない仕事、
という言葉を見て本当にその通りだと思ったしだから僕は必ず特定の誰かがある時間にある場所にいないといけない、というようなことがとても苦手なのかもしれないと思った。
ノマドって実際すごく合理的な働き方だと思うし、彼らを批判する人たちはデスクワーカーが大半で
それは結局対立する立場の抗争にすぎなくて、これはとても重要なことなんだけど
対立する立場の抗争にはたいていどちらが絶対的に正しい、というものはなくて
どちらを推すというわけでもないけど単純な比較の為にためしに
デスクに座っている時間対収入とか休暇でマトリックス作ってみてほしい
・Catwalk
ニックは本当に気分が落ち込みやすい人だからレーベルからも勝手にしていいといわれているときいて本当に彼が好きな僕は間違っていないし本当に彼を応援したいとおもった。
Alpaca Sportsはおもってたとおりとても強い人たちですごく楽しい時間を過ごすことが出来たし
これまでの人生でこんなに濃密なコミュニケーションをとったことがない!と思った
実質4日も一緒にいなかったのにこんなに仲良くなれた、と思えるのは本当に彼らの人柄に依る部分が大きい。違う文化圏のひととのコミュニケーションは異質っていうのは前から思っていたんだけどなんとなくそれは)は、文化が違うからこそ見知らぬ慣習に臆することなく自分のしたいこと言うことが出来るし、気分を害したときには遠慮することよりもその後の全体の利益をとることが出来ることなのかもしれないとおもった。今回後者に関しては音楽という共通言語があったことも大きかった。この音は良い音、ほしい音、というのは異文化間で共通の部分として存在する文化や趣向という形で互いに表現できるし理解できる。音楽はすごい、って人生で初めて思ったかもしれないし、たぶんこれは音楽に限らない事なんだろうとも思った。
頭がとても痛くてこれを売っている間にも研究室の先輩からメールがくるし
返信しないという方法をとることもたぶんできたんだろうけどさっき少し心身症や適応障害について調べてたら「軽度のものとして連絡をせずひきこもる」というものを発見してしまってそんなのであってたまるかと思いメールの返信をしながら打ちました。
19:19
どこかで
自分が100%必要とされる自分にしかできない仕事はたいていは社会では必要とされない仕事、
という言葉を見て本当にその通りだと思ったしだから僕は必ず特定の誰かがある時間にある場所にいないといけない、というようなことがとても苦手なのかもしれないと思った。
ノマドって実際すごく合理的な働き方だと思うし、彼らを批判する人たちはデスクワーカーが大半で
それは結局対立する立場の抗争にすぎなくて、これはとても重要なことなんだけど
対立する立場の抗争にはたいていどちらが絶対的に正しい、というものはなくて
どちらを推すというわけでもないけど単純な比較の為にためしに
デスクに座っている時間対収入とか休暇でマトリックス作ってみてほしい
・Catwalk
ニックは本当に気分が落ち込みやすい人だからレーベルからも勝手にしていいといわれているときいて本当に彼が好きな僕は間違っていないし本当に彼を応援したいとおもった。
Alpaca Sportsはおもってたとおりとても強い人たちですごく楽しい時間を過ごすことが出来たし
これまでの人生でこんなに濃密なコミュニケーションをとったことがない!と思った
実質4日も一緒にいなかったのにこんなに仲良くなれた、と思えるのは本当に彼らの人柄に依る部分が大きい。違う文化圏のひととのコミュニケーションは異質っていうのは前から思っていたんだけどなんとなくそれは)は、文化が違うからこそ見知らぬ慣習に臆することなく自分のしたいこと言うことが出来るし、気分を害したときには遠慮することよりもその後の全体の利益をとることが出来ることなのかもしれないとおもった。今回後者に関しては音楽という共通言語があったことも大きかった。この音は良い音、ほしい音、というのは異文化間で共通の部分として存在する文化や趣向という形で互いに表現できるし理解できる。音楽はすごい、って人生で初めて思ったかもしれないし、たぶんこれは音楽に限らない事なんだろうとも思った。
頭がとても痛くてこれを売っている間にも研究室の先輩からメールがくるし
返信しないという方法をとることもたぶんできたんだろうけどさっき少し心身症や適応障害について調べてたら「軽度のものとして連絡をせずひきこもる」というものを発見してしまってそんなのであってたまるかと思いメールの返信をしながら打ちました。
19:19
2013年9月4日水曜日
2013年8月7日水曜日
08.07 AM02:34 会話
2013年8月7日、という文字列をみると少し遠い未来みたいな気分
・青色
青色の特集を読んでいて青ってパブリックイメージとアートに持ち込まれるときの役割が一致してるところがとても良いなと思った。ブルーな気分、晴れ渡る空のイメージ、相反しているけど、その区別をはっきりつけられるしどちらの色もイメージも好きだ。黄色の横に並ぶ青が好きだし、青いかたまりも好き、朽ちて白に近づく青色もいい。
憧れの意味合いがとても大きいんだけど、大きなTシャツをついつい買ってしまった来年とか絶対着ないものなのに・・・とても綺麗な青色のTシャツを手に入れたからとても満足してる。
・新譜
久々に新譜って言えるもの買ったら案の定そればっかり聴いてしまってだめだし、今完全にレコードで音楽を聴くのが楽しい時期だからパソコンで音楽を聴くのがレコードプレーヤーのふたをあけるのが面倒くさい、くらいのときじゃないかぎりレコードを聴いてしまう。曲がったレコードはそれはそれで味があっていいなって思うけどやっぱりまわっている姿をみると悲しくなってしまうから治してもらおうって方向にいる
ミツメのChorusとかなつやすみバンドのサマーゾンビーとか、こういう80s感にはほんと弱いけど
この感じってきっと僕の知り合いの人には理解してもらえないんだろうって思ってあんまり人と話さない。自分のルーツに近いものだし自分だけのものにしておきたいって気持ちがとても大きいのかも。
Chorusはこの夏一番よく聴く音楽になりそうだ。
・青色
青色の特集を読んでいて青ってパブリックイメージとアートに持ち込まれるときの役割が一致してるところがとても良いなと思った。ブルーな気分、晴れ渡る空のイメージ、相反しているけど、その区別をはっきりつけられるしどちらの色もイメージも好きだ。黄色の横に並ぶ青が好きだし、青いかたまりも好き、朽ちて白に近づく青色もいい。
憧れの意味合いがとても大きいんだけど、大きなTシャツをついつい買ってしまった来年とか絶対着ないものなのに・・・とても綺麗な青色のTシャツを手に入れたからとても満足してる。
・新譜
久々に新譜って言えるもの買ったら案の定そればっかり聴いてしまってだめだし、今完全にレコードで音楽を聴くのが楽しい時期だからパソコンで音楽を聴くのがレコードプレーヤーのふたをあけるのが面倒くさい、くらいのときじゃないかぎりレコードを聴いてしまう。曲がったレコードはそれはそれで味があっていいなって思うけどやっぱりまわっている姿をみると悲しくなってしまうから治してもらおうって方向にいる
ミツメのChorusとかなつやすみバンドのサマーゾンビーとか、こういう80s感にはほんと弱いけど
この感じってきっと僕の知り合いの人には理解してもらえないんだろうって思ってあんまり人と話さない。自分のルーツに近いものだし自分だけのものにしておきたいって気持ちがとても大きいのかも。
Chorusはこの夏一番よく聴く音楽になりそうだ。
2013年6月29日土曜日
06.29 03:06 ちょっと怒る
上半期ベストとかやってる人がたくさん出始めた
ベストとかランキングとか、去年やって思ったのだけど僕には向いていない。例えば4位のものと5位のもの、5位のものと6位のものの間にある相対差を生みだす尺度が違うときが多くて、並んだものをみかえしたときにあれなんでこれがこんなところに?という風になることが多いのと、じゃあ10位くらいになったものが1位のものより大事じゃないのか?って思えてしまって、ダメだ。
いますぐにとがろうとがろう、となってしまう時期みたいで優しい音を聴いている。外国の音楽の趣味が最近かなりとがっていたのもあって日本人の音の耳馴染みの良さにすぐに向いてしまう。土井さんの新しいアルバムは歌詞を聴こうと思えば歌を聴けるし(歌聴くとめっちゃとがっててそれがまたいい)、音はトータルで聴くと本当に優しい音だけが選び抜かれて使われている。本当にすごい人なんだと思う。
僕の頭の中では完全に陰謀論者が陰謀論者じゃなくなったのがとても大きい変化。
あと空の容器を見て美しいと思っていたところから中にものを入れる喜びを見つけた 。
インディーファンクラブではなつやすみバンドを見られて本当に良かった
03:22 終わり
ベストとかランキングとか、去年やって思ったのだけど僕には向いていない。例えば4位のものと5位のもの、5位のものと6位のものの間にある相対差を生みだす尺度が違うときが多くて、並んだものをみかえしたときにあれなんでこれがこんなところに?という風になることが多いのと、じゃあ10位くらいになったものが1位のものより大事じゃないのか?って思えてしまって、ダメだ。
いますぐにとがろうとがろう、となってしまう時期みたいで優しい音を聴いている。外国の音楽の趣味が最近かなりとがっていたのもあって日本人の音の耳馴染みの良さにすぐに向いてしまう。土井さんの新しいアルバムは歌詞を聴こうと思えば歌を聴けるし(歌聴くとめっちゃとがっててそれがまたいい)、音はトータルで聴くと本当に優しい音だけが選び抜かれて使われている。本当にすごい人なんだと思う。
僕の頭の中では完全に陰謀論者が陰謀論者じゃなくなったのがとても大きい変化。
あと空の容器を見て美しいと思っていたところから中にものを入れる喜びを見つけた 。
インディーファンクラブではなつやすみバンドを見られて本当に良かった
03:22 終わり
2013年6月1日土曜日
06.01、AM 04:39 残ったモヒートを飲み干す
前書いた文が完璧すぎて3ヶ月くらいずっと文を練っていました。(が練りあがりません。)
全然関係がないんだけど来年からは案を練る仕事をすることになって、昔は餡をねる会社だったみたい。とにかく色々なことを練ってばかりで疲れたので一度ときほぐそうという期間。
・お金の話
金回りが悪い、という言葉がある。意味を調べたら金回りとは収入の入り具合のことのようで、じゃあ支出ばかりしている僕はきっと金回りが悪いわけはなさそう(普通の金回り、といったところ)だなと考えられる。今の僕の状況を端的に表わすなら身の程知らずが一番近いのかもしれない。身の程が最も現れてくるのはやはり交友関係とお金だろう。交友関係は身の程をわきまえているつもりはあるし僕は体に悪そうなものはやらないしセーブが聴かないほどお酒を飲むタイプでもないからあまり心配していないんだけど、お金はあれば使ってしまう。金回りよくなれば全て解決するんだけど、最近街ゆくホームレスの人をみるともしかするとあの人たちも30年、40年前は僕のような人間だったのかもしれないと考えたら少し怖くなる。
僕がお金を使う物の中で僕が真に求めているものがきっと全てで、例えば音楽とか服とかも本当に好きじゃないものも買うことがあって、それは色んな人からみて少しでもましな体裁を整えるためで、それは必要じゃないという意見もあると思うんだけど、僕にとっては体裁を整えることが一番重要なんだよ身の程をわきまえろ!
この秋、2回くらい東北に研究旅行にいくことになりそうなんだけど(研究内容はめちゃくちゃおおざっぱにいって「超」酸性の川とか湖の水をとってきてその中に溶けている元素の挙動や性質を調べる、というもの)その期間がちょうどフジロックと被ってしまったので僕の念願(といっていいほど強いものではないんだけど)の大学生のうちにフジロック!がなくなってしまった。これで直近のお金の心配が一つ減って僕は本当にうれしい。悔しさ悲しさを口にしても面白くないので1回しか言わないけど、DIIV本当にみたかった。悲しい。
・夏について
夏の予感(もしくは先取りの本番?) に包まれている中、僕は予想はしていたものの半ズボンをはくことが許されないという制限をくらっている。足の半分にも及ぶ自由を奪われているおかげで僕の心は鬱屈しているし、去年まで雨の日はここちよい半足浴をしていたのに今年はデニムの先が濡れて足取り重く日々を過ごさざるを得ない。週末だけ半ズボンをはくんだけどその開放感たら、社会人の人は土曜日曜だけ少し元気を取り戻しているけどいま僕はまさにそのような状態で、夏のみならず社会人の気持ちまでも先取りしている。いくらなんでも流れに乗り過ぎている。とはいえ今年の夏は本当に良いものになる予感がしている。この無責任な期待感のベースに、一番大きくあるのはやっぱり自分のバンドの作品を出す機会を与えられている、というもので、だって憧れのあんなフォーマットやあんなおまけで出せるんだよ?みてる人が何人いるかわからないけどまだまだ秘密のところがあるし、いまはまだ音源すら出来ていないから作品の全体像は見えてこないけどこれまで多くの人に支えられてやってきたことが一つの形になるというのは本当に喜ばしい事で、他人事みたいにすら思えてしまう。2013年は僕にとって、もしかしたら多くの人にとってすごい年になるよ。あの、作品の中で僕は4000字以上になるインタビューで思いのたけだとかいろいろをぶちまけてまきちらして収集つかなくなっているから、少しずつでも拾って理解してもらえると嬉しい。今回は僕個人としては本当に概念的な、僕の頭の中のことを形にすることを目標に動いているから。たくさん作るから売り切れることもないだろうし、10年後にも新品で売ってる、みたいなのがいいな、と思うけど難しいかな。
AM 05:05 終
全然関係がないんだけど来年からは案を練る仕事をすることになって、昔は餡をねる会社だったみたい。とにかく色々なことを練ってばかりで疲れたので一度ときほぐそうという期間。
・お金の話
金回りが悪い、という言葉がある。意味を調べたら金回りとは収入の入り具合のことのようで、じゃあ支出ばかりしている僕はきっと金回りが悪いわけはなさそう(普通の金回り、といったところ)だなと考えられる。今の僕の状況を端的に表わすなら身の程知らずが一番近いのかもしれない。身の程が最も現れてくるのはやはり交友関係とお金だろう。交友関係は身の程をわきまえているつもりはあるし僕は体に悪そうなものはやらないしセーブが聴かないほどお酒を飲むタイプでもないからあまり心配していないんだけど、お金はあれば使ってしまう。金回りよくなれば全て解決するんだけど、最近街ゆくホームレスの人をみるともしかするとあの人たちも30年、40年前は僕のような人間だったのかもしれないと考えたら少し怖くなる。
僕がお金を使う物の中で僕が真に求めているものがきっと全てで、例えば音楽とか服とかも本当に好きじゃないものも買うことがあって、それは色んな人からみて少しでもましな体裁を整えるためで、それは必要じゃないという意見もあると思うんだけど、僕にとっては体裁を整えることが一番重要なんだよ身の程をわきまえろ!
この秋、2回くらい東北に研究旅行にいくことになりそうなんだけど(研究内容はめちゃくちゃおおざっぱにいって「超」酸性の川とか湖の水をとってきてその中に溶けている元素の挙動や性質を調べる、というもの)その期間がちょうどフジロックと被ってしまったので僕の念願(といっていいほど強いものではないんだけど)の大学生のうちにフジロック!がなくなってしまった。これで直近のお金の心配が一つ減って僕は本当にうれしい。悔しさ悲しさを口にしても面白くないので1回しか言わないけど、DIIV本当にみたかった。悲しい。
・夏について
夏の予感(もしくは先取りの本番?) に包まれている中、僕は予想はしていたものの半ズボンをはくことが許されないという制限をくらっている。足の半分にも及ぶ自由を奪われているおかげで僕の心は鬱屈しているし、去年まで雨の日はここちよい半足浴をしていたのに今年はデニムの先が濡れて足取り重く日々を過ごさざるを得ない。週末だけ半ズボンをはくんだけどその開放感たら、社会人の人は土曜日曜だけ少し元気を取り戻しているけどいま僕はまさにそのような状態で、夏のみならず社会人の気持ちまでも先取りしている。いくらなんでも流れに乗り過ぎている。とはいえ今年の夏は本当に良いものになる予感がしている。この無責任な期待感のベースに、一番大きくあるのはやっぱり自分のバンドの作品を出す機会を与えられている、というもので、だって憧れのあんなフォーマットやあんなおまけで出せるんだよ?みてる人が何人いるかわからないけどまだまだ秘密のところがあるし、いまはまだ音源すら出来ていないから作品の全体像は見えてこないけどこれまで多くの人に支えられてやってきたことが一つの形になるというのは本当に喜ばしい事で、他人事みたいにすら思えてしまう。2013年は僕にとって、もしかしたら多くの人にとってすごい年になるよ。あの、作品の中で僕は4000字以上になるインタビューで思いのたけだとかいろいろをぶちまけてまきちらして収集つかなくなっているから、少しずつでも拾って理解してもらえると嬉しい。今回は僕個人としては本当に概念的な、僕の頭の中のことを形にすることを目標に動いているから。たくさん作るから売り切れることもないだろうし、10年後にも新品で売ってる、みたいなのがいいな、と思うけど難しいかな。
AM 05:05 終
2013年3月15日金曜日
03.15、AM4:52 レコードに針を落とす
・水について
身の回りには水の好きな人が妙に多いという感覚は少しおかしい気がするけど、やたらと水を飲む人や海に憧憬を持っている人の感覚にはどこか僕にはないところがある気がする。 僕は生活に必要な水は飲むし海を見に行こう、という言葉は大好きだけど、それは僕にとって海がとても遠い存在だから、さぁ夢の国へ行こう、というのと同じような感覚で海に行こうね、と言っているのであって、そこに海という大きな存在へのあこがれは一切存在していない(と思う)。そういえば滋賀の人が身の回りに多い、って隣の件だから当たり前なんだけどきっと彼ら彼女らは僕よりはるかに多い機会より大きな水に近い存在なのだろうと思う。大きな水という言葉は気に入ったのでこれからどんどん使う。僕にとって一番近くて大きい水は川だから僕は川はすごく好きで、暑くて虫の居る季節や寒くて芯から凍ってしまうような季節以外は何か食べものを買いこんで川を見ているのはとても好きで、きっと僕にとってのそういう時間を海や湖の近くで過ごした人はより大きな水に対するもっと具体的なイメージやあこがれを持ってるんだろうなと思う。僕にとっては流れる水というのはとても魅力的で、ある瞬間僕の前に居た水は次の瞬間には数十メートル先に流れて行ってしまっていて、かと思いきや僕の飲み水になっている可能性もあるわけで、、空とか川とか流れるものはとても愛おしいんだよ、僕は決して浮くものが好きなんじゃない。流れていくものに強い愛を感じているだけであって!
4月からはたぶん身の回りの多くの人よりはるかに大きな水に触れる機会が増えるので大きな水(僕にとっては流れる水がいったん立ち止まる場所)のイメージが大きく変わっていくのかもしれないし、たった一年、十余回の調査でそんなに変わってたまるものかとは思うけどそもそも根本的な水のイメージが変わりそうな予感はしている。僕の調査するものって水に包まれているんだよ!つまり僕にとって今までなかった包み抱くものとしての水を嫌でも実感することになるっていうことで。大きな期待を胸に今はいち早く就職活動を終え順風満帆(?)な人生の一部の体験として研究を心から楽しめる日々、わがままを言えば大学生活でやりたい勉強をやった上で、いままでよりは少し多く良い音楽を作ることも並行して行えたら本当に完璧だな、と思っている。大学生活を振り返ってて思うこととして最終的に一番強く残ったのが結局僕は大学に入ってから恋人が居なかったことだけど、これって結局なにを考えたとしても経験を伴わない思考は経験の中での思考とは別のものになるんじゃないかというスタンスの元で考えるとどうしようもないことで!でも21歳まででなんとなく経験しておくべき恋愛は僕はずっと前に経験してると思ってるしその頃の事を割と強く覚えてるからこそあんまり焦ることなくふらふらと放浪していた気がするから・・なにを言っても結局自分はその部分において頑張ろうと思うことはなかったんだなと思うと、それだけは後悔してもしきれない! 放浪カモメの歌い出しを聴いて悔やめ!泣け!でも上昇し続けることはできなくても また やり直せるさってそんな素直な気持ちで会いにいけたらいいね。
身の回りには水の好きな人が妙に多いという感覚は少しおかしい気がするけど、やたらと水を飲む人や海に憧憬を持っている人の感覚にはどこか僕にはないところがある気がする。 僕は生活に必要な水は飲むし海を見に行こう、という言葉は大好きだけど、それは僕にとって海がとても遠い存在だから、さぁ夢の国へ行こう、というのと同じような感覚で海に行こうね、と言っているのであって、そこに海という大きな存在へのあこがれは一切存在していない(と思う)。そういえば滋賀の人が身の回りに多い、って隣の件だから当たり前なんだけどきっと彼ら彼女らは僕よりはるかに多い機会より大きな水に近い存在なのだろうと思う。大きな水という言葉は気に入ったのでこれからどんどん使う。僕にとって一番近くて大きい水は川だから僕は川はすごく好きで、暑くて虫の居る季節や寒くて芯から凍ってしまうような季節以外は何か食べものを買いこんで川を見ているのはとても好きで、きっと僕にとってのそういう時間を海や湖の近くで過ごした人はより大きな水に対するもっと具体的なイメージやあこがれを持ってるんだろうなと思う。僕にとっては流れる水というのはとても魅力的で、ある瞬間僕の前に居た水は次の瞬間には数十メートル先に流れて行ってしまっていて、かと思いきや僕の飲み水になっている可能性もあるわけで、、空とか川とか流れるものはとても愛おしいんだよ、僕は決して浮くものが好きなんじゃない。流れていくものに強い愛を感じているだけであって!
4月からはたぶん身の回りの多くの人よりはるかに大きな水に触れる機会が増えるので大きな水(僕にとっては流れる水がいったん立ち止まる場所)のイメージが大きく変わっていくのかもしれないし、たった一年、十余回の調査でそんなに変わってたまるものかとは思うけどそもそも根本的な水のイメージが変わりそうな予感はしている。僕の調査するものって水に包まれているんだよ!つまり僕にとって今までなかった包み抱くものとしての水を嫌でも実感することになるっていうことで。大きな期待を胸に今はいち早く就職活動を終え順風満帆(?)な人生の一部の体験として研究を心から楽しめる日々、わがままを言えば大学生活でやりたい勉強をやった上で、いままでよりは少し多く良い音楽を作ることも並行して行えたら本当に完璧だな、と思っている。大学生活を振り返ってて思うこととして最終的に一番強く残ったのが結局僕は大学に入ってから恋人が居なかったことだけど、これって結局なにを考えたとしても経験を伴わない思考は経験の中での思考とは別のものになるんじゃないかというスタンスの元で考えるとどうしようもないことで!でも21歳まででなんとなく経験しておくべき恋愛は僕はずっと前に経験してると思ってるしその頃の事を割と強く覚えてるからこそあんまり焦ることなくふらふらと放浪していた気がするから・・なにを言っても結局自分はその部分において頑張ろうと思うことはなかったんだなと思うと、それだけは後悔してもしきれない! 放浪カモメの歌い出しを聴いて悔やめ!泣け!でも上昇し続けることはできなくても また やり直せるさってそんな素直な気持ちで会いにいけたらいいね。
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