2013年12月19日木曜日

2:54

・大人の女の子について

僕はたぶん女の子を大人だと思い過ぎてるところがある。

僕の中では彼女は全てを理解してるし 何もかも知ってるのに
どこか知らないふりをすることで何も知らない男にその魅力を伝えようとしてると思っている。
昔からそういう考え方をすることがとても多くて、だからこれまで僕は女の子に自分から告白したことってなくてそれはきっとこれからもずっとそうなんだと思う。

そういう意味ではこれから自分がもう少しだけ大人になって
彼女の生活の糧にならないといけないとなったときが僕にとっては大きなターニングポイントで
僕の中では彼女はずっと高みの見物をしながら必死に働く僕を気が向いたら慰めてくれるんだろう。
この彼女への考えは幻想でも何でもなくて僕の中のものだから僕の言う彼女は僕の意識自身で、
フィヒテでいう事行にあたるのかもしれない。
three imaginary boys and two twee girlsとはうまくいったものだなと思う。
Tweeという言葉は僕にとって特別な意味を持つ単語になっていて、
おおまかには上に書いたような女の子がtwee girlsなんだと思う。
だから彼女達が憧れる男なんていうのはロクな人間でなくて
まさに僕達にとって僻みの対象になるべき人間なんだと思う。

"imaginary woman"という短編を読んだ。作者は男だ。
imaginary womanというのは作者自身のimaginary womanの部分を投影している、という読み方をすると中身がすっと頭に入ってきた。相手をする気もない文学的才能のある(と思いこまれる)男に夢中になるimaginary womanとそれに憧れる作者の投影という図が出来あがる。これはまさにそのままだ。
100年以上前の全く違う文化の人の書いた文章にすらこういう図式があるんだから
きっとこれは僕のような年代の人間にとってのひとつのテーマなんだろうと思う。
でも難しく考えることは出来なくて、結局彼女は本当に魅力的で僕にとっての全てだ!ということで
思考が止まってしまうし今は無碍な詮索をすべき時期じゃないのかとすら思う。

3:07

もしかして僕のあこがれの対象はロクでもない男なのか!

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